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  100%の組合職場がなぜ『戦場』に変わったのか? 菅原東公園から始まった不当解雇糾弾デモ。司法の勝利を背に、働く誇りを取り戻すための再出発

2026年3月13日、春の冷え込みが残るなか、大阪市東淀川区の菅原東公園において「中央コンクリート闘争勝利決起集会&デモ」が開催されました 。この集会は、労働組合との団体交渉を拒否し続け、組合員の解雇という不当労働行為を重ねる中央コンクリートを糾弾し、職場復帰と権利回復を勝ち取るために呼びかけられたものです 。

今回の決起集会およびデモ行進の拠点となったのは、大阪市東淀川区に位置する「菅原東公園」です 。この公園は中央コンクリートの工場のすぐ隣という至近距離にあり、まさに争議の最前線といえる場所です 。

中央コンクリート分会の歩みと変節の歴史

集会が始まった18時過ぎ、会場には仕事終わりに駆けつけた労働者たちが集結しました。集会冒頭、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部の西山氏から経過報告がありました。

中央コンクリート分会の歴史は、かつての安定した労使関係が、外部からの圧力によって激しい対立へと変貌を遂げた過程そのものです。もともと同社は、全日本建設運輸連帯労働組合(関生支部)の組合員が100%を占める「組合の職場」として知られていました 。長年、組合との間でユニオンショップ協定を締結しており、労働者が組合に加入して働くことが組織の前提となっている強固な基盤を持っていました 。

しかし、この歴史的な労使関係は、大阪広域生コン協組(広域協)による組織的な労組破壊攻撃が強まるなか、中央コンクリートはそれまでの協調路線を捨て、広域協の動きに同調する形で「反連帯」の姿勢を鮮明に打ち出したのです 。この過程で、会社は組合との関係を完全に断ち切るために、組合員の脱退工作や、現在も続く組合員の不当解雇といった強硬な手段に及ぶようになりました 。隣接する輸送会社でも同様に組合員が全員脱退に追い込まれるなど、この菅原の地一帯で組合排除の動きが加速した背景があります 。

重なる法的勝利

こうした会社の攻撃に対し、組合側は粘り強く抵抗を続け、法的な場において歴史的な勝利を積み重ねてきました。大阪府労働委員会および中央労働委員会の双方で組合側の主張を認める「勝利命令」が出され、さらに直近では東京地裁における裁判でも完全勝利を収めるなど、司法・行政の場では組合側の正当性が証明されています 。

それにもかかわらず、会社側は依然として団体交渉に応じず、組合員の解雇を継続するという法律無視の姿勢を続けています 。

地域を揺るがすシュプレヒコール

西山氏に続き、関西生コン支部の副委員長は「労働組合を認めない企業が建設現場に商品を納入しているような社会を変えなければならない」と、強い決意を表明しました 。

集会の中盤には、参加者全員による激しいシュプレヒコールが公園内に響き渡りました 。青木氏の先導により、「中央コンクリートは判決に従え」「団体交渉を行え」「吉田社長は謝罪しろ」といった怒りの声が、隣接する工場や地域一帯に届けられました 。続いて、全港湾大阪支部や全日建ゼネラル支部、全日建トラック支部などの共闘団体からも次々と激励の挨拶が贈られ、不当労働行為を許さない労働者の連帯がより一層強固なものとなりました 。

なかまユニオンによる共闘の訴え

なかまユニオンの井手窪委員長が力強い連帯挨拶に立ち、同ユニオンが直面している闘争と中央コンクリート闘争の共通性を訴えました 。井手窪委員長は、「オンデマンドバス」を巡る問題を報告しました 。大阪メトロの正社員として募集されながら、実際には劣悪な労働条件で働かされ「騙された」と憤る労働者たちの現状を明かし、経営側が組合員全員のチェックオフ(組合費の給料天引き)を1年以上拒否し続けている不当性を指摘しました 。井手窪委員長は「法律で決まっていることさえ守らない態度は、中央コンクリートの姿勢と同じである」と断じ、京橋からいつでも駆けつける覚悟であることを示して、共に闘い抜く決意を語りました 。

地域住民にアピール

集会の締めくくりには、関西生コン支部大阪Bブロック内の各分会から、長年にわたる争議現場の現状報告と早期解決への決意が述べられました 。その後、参加者一行は宣伝カーを先頭に2列縦隊でデモに出発しました 。中央コンクリートの工場前を通り、東淀川のメインストリートを抜けて菅原北公園まで行進し、地域住民へ向けて企業の違法性を強くアピールしました 。

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