派遣先でのパワハラは、派遣先企業の責任
大手旅行代理店H社が受注していたコールセンター業務に派遣された労働者が、パワハラを受け精神疾患を発症しました。派遣労働者と雇用関係があるのは派遣元企業ですが、職場環境や安全問題の責任は派遣先企業、この場合はH社にあります。問題の解決を求めてH社に団体交渉を申し入れましたが、H社はこれを拒否。大阪府労働委員会に救済を申立て、要請行動を繰り返した結果、H社を当事者とする和解解決がはかられました。H社が受託した大阪市健康局のコールセンター業務を、他社に再委託するなかで安全管理体制があいまいになり発生した問題でした。派遣労働者の安全問題について、派遣先企業の関与で問題が解決した貴重な実例です。当事者に報告してもらいました。
問題発生にいたるまで
私は奈良県で観光関連の企画運営を生業としていましたが、2020年のコロナ発生後から2023年5月にコロナが5類移行するまでの間、観光関連の業務は停滞し、事業の継続すらも危ぶまれる状況でした。本業は本業として継続しつつも、日銭を稼ぐ必要があり、この間は週に何日かアルバイトをして食いつなぐ日々が続いておりました。
2023年1月24日 派遣会社P株式会社と契約を行いましたが、「タウンワークで募集の時給1500円の業務は募集枠を超えたので、募集とは別の業務で時給1500円の仕事か募集と同一内容で時給1400円での契約のいずれかを選ぶよう」に案内されました。(後者の時給1400円で契約)同年1月26日から派遣でコールセンター業務に就業する事としました。業務内容は、大阪市健康局の「新型コロナウイルス感染症一般相談センターコールセンター業務」とのことでした。その後、集合場所、集合時間の通知を受けたものの、就業条件通知書の手交がなされず、当日オフィスに案内されるまで、事業所名を知らされる事がありませんでした。また、就業条件通知に記載されているべき、安全衛生上の配慮、苦情相談窓口についても通知されない状態で就業を開始しました。(後日、派遣会社派遣会社P社のアプリP―netに掲載されていることが分かりましたが、手交された書面には就業場所のみであったため、就業場所のT社に派遣されたと思い込んでいました。)
1月26日 就業場所T社(契約書上の派遣先はH社で再委託先であったことが後日判明)のコンプライアンス研修を受講したが、社員に対する安全配慮義務については触れられず苦情相談窓口の説明も行われませんでした。1月28日、29日の二日間はグループでの業務座学研修、2月1日グループでの業務座学研修と指導員とのコールセンター業務のロールプレイング、2月3日、2月4日も指導員とのロールプレイングの研修を受講した。ロールプレイング研修の指導員が毎日変わる点が気になっていましたが、受講内容が引き継がれているようであったので安心して就業できると感じていました。
研修でパワハラ
2月5日もロールプレイング研修でしたが、その日担当の指導員山崎は、冒頭から「今までの研修は忘れて自分の教えた通りやるように」宣言し、一時間ばかり自分のやり方を指導しました。そのうえで1回目のロールプレイングを行いましたが、当然のことながら急に指示された通りできるわけもなく、上手く電話対応できませんでした。これに対して山崎は高圧的な口調で「3日間何をやってきたのか」「何も覚えていないか」など電話口で指導しました。かつロールプレイングの内容も、市民役が知りうるべきでない内容を苦情申し立てるもので、育成のための研修であるとは思えませんでした。さらに私のデスクまで来て声高に指導を行い、隣席の研修生の障害となったため、彼女の指導員を通じて注意される状況でした。また、私からの質問に対しては、小馬鹿にした態度で「何を言ってるかわからない」等、傾聴する態度を示さず非常に不愉快なものでした。何度も質問を繰り返し、回答をもらったものの指導員として敬意を払い1日お付き合いするのは無理だと考え、当方から「しばらく自習させてくれ」と山崎に申し出ました。結果その日8時間でロールプレイングは1回だけに終わり、他の研修生と差が開く事になりました。このような際にすぐに相談できる、派遣先の苦情の相談窓口が明示されておらず、1日を棒に振った事を遺憾に感じました。
うつ病との診断
帰宅後、就寝しようとしましたが当日の不愉快な出来事が頭をよぎり、思い出しては腹立たしい気持ちが抑えられず十分に睡眠をとる事ができませんでした。
翌日の2月6日、派遣元の派遣会社P社なんば支店に電話し、本社の苦情相談窓口を尋ねたところ、窓口は開示されず「こちらから電話するので、苦情の内容を話してほしい」との対応であった。電話口のB氏に、3点の苦情 ①就業当日オフィスに着くまで、就業箇所が不明であった点 ②整備されたマニュアル通り案内する仕事と説明を受けていたが、マニュアルと言っても修正が追い付いていないものもあり、かつ収納箇所が散在しているため、事前説明以上に手間のかかる仕事である事 ③2月5日の指導員山崎の指導態度が高圧的であり人を小馬鹿にした言動があり不愉快に感じている事を申し伝えました。
その後、派遣会社P社苦情窓口のA氏から電話があり、同様の苦情内容を繰り返し伝えました。
翌2月7日に同社B氏より電話があり、T社へ苦情の内容を伝えた旨お知らせ頂きました。
2月5日の夜以降、十分な睡眠をとれていないため、2月9日大阪市中央区の「こころのクリニック和(なごみ)」で診察を受けました。その結果「うつ病」と診断され、1ヵ月安静の指示を受けました。
派遣会社との話し合い
2/14 (火) 12:00〜 派遣会社P社にてエリア長、B氏と面談し、2月14日付けの経緯書を渡して、安静指示に至る経緯を説明し、労災申請を申し出ました。派遣先で事実関係について調査中でありその結果を踏まえて対応を考えてはどうかとエリア長より提案があり、合わせて労災申請は承認までに時間がかかるため、派遣先会社を含めて話合ってはどうかと提案がありました。
2/24 (金) 16:30〜 派遣会社P社にてエリア長らと面談し、派遣先の事実確認結果について説明を受けた。調査に時間がかかった理由として、就業していたフロアにはH社の派遣社員とT社の社員、T社が他の派遣元から受け入れた派遣社員が混在しており、日々座席が変わるため状況の特定が困難であったと説明を受けました。その際には、問題の指導員山崎もT社が他の派遣元から受け入れた派遣社員との事でした。(その後の調査で山崎指導員はH社が他の派遣元から派遣を受けた派遣社員である事が判明しました。)
当初指導員の山崎は記憶にないと否認していていましたが、その日隣席にいた社員が「暴言があった」と証言したため、事実を認めて謝罪の態度を示したとの事でした。
今後の改善も含めて、派遣先のH社を交えて話し合いたいと申し出て、日程調整する事となりました。この時点での派遣会社P社の和解案が出されましたが、極めて低額の金銭解決案でしたし、派遣先の労務管理体制、安全配慮義務に大きな瑕疵があると考え、派遣会社P社の和解案は容認しませんでした。
その後も不眠状態が続くため、3月9日大阪市中央区の「こころのクリニック和(なごみ)」で診察を受けたところ、さらに3ヵ月安静の指示を受けました。
派遣先:H社との話し合い
3/17 (金) 9:30〜派遣会社P社にて、派遣会社P社エリア長ら、H社担当者らと面談。(前回から日時が空いたのはH社側の都合によります。)派遣元の派遣会社P社は関西エリアの責任者が出席しましたが、派遣先のH社は当委託業務担当のみの出席であり、営業責任者や総務責任者といった社としての代表と言える人物の出席はありませんでした。
あらためてこれまでの経緯を説明したうえで、出勤簿の承認者がH社の社員であるか確認したところ、名前を挙げた2名についてH社の社員ではない事がわかりました。
またH社側は、T社での就業は「業務委託」で違法ではないと認識していました。しかし派遣会社P社は「派遣先:T社」を記載し提出した出勤簿に異議を唱えず給与の支払いを行っていました。
この時点でのH社の和解案は、当方が主張する休業補償金と慰謝料、損害賠償金の区分を明確に示さず、私の就業形態が書面ではH社への派遣となっていたものの実態は、T社での就業である事に明確な説明がなかったため、和解案を拒否しました。
当方の希望は、既に4か月の安静が決まっており就業ができず、回復の兆しが見えない事から相応の休業補償金、H社側に労務管理体制、安全配慮義務に大きな瑕疵がありその結果として傷病を追った事に対する慰謝料、別業の業務休止による逸失利益の補填を求めている事を伝えました。3月24日(金)までに、H社側で和解案を見直す事を約して散会しました。
その後の交渉
3月24日(金)に具体的な提示はなく、次回の話し合いのスケジュール調整を行いました。
3/31(金)15:00~ 派遣会社P社にて、派遣会社P社エリア長ら、H社担当者らと面談。H社側の和解案は、不十分なものでしたが、責任のある立場の人物の出席を見ないまま、H社側は社の最終決定として譲らず、交渉は暗礁に乗り上げました。
なかまユニオンに加入
この話し合いを終えて、個人としての話し合いに限界を感じ、労働組合を通じての交渉とするべきであったと反省して、4月1日に大阪市都島区東野田町の「なかまユニオン」を訪問し、仔細を話して今後の方針を相談しました。「なかまユニオン」は雇用形態を問わず参加できる開かれた労働組合であり、私の組合加入を承認した上で、派遣元事業主並びに派遣先事業主に対して、団体交渉の申入れを行う事としました。
4月3日付けの団体交渉希望日は4月10日でしたが、派遣会社P社のスケジュール調整が困難であったため、団体交渉日を4月20日に決定いたしました。
団体交渉を拒否
ところが派遣先企業のH社は、「雇用者ではないので、出席する義務はない」と主張し、この日の交渉に出席しませんでした。即日、抗議文をFAXし、その不当性に対する抗議を申立て、4月27日、H社本社ビル前での抗議行動と共に、5月11日の団体交渉の申入れを行いました。
しかしながら、H社の回答は何ら反省をすることなく「雇用者ではないので、団体交渉に応じる義務はない」として、団交を拒否しました。この明らかな不当労働行為に対して、5月16日大阪府労働委員会に対して、「救済申し立て」を行いました。併せて、民主法律協会の派遣労働問題研究会に参加させていただき、法的観点での事件性について有意義なアドバイスを多々頂戴いたしました。
大阪府労働委員会の計5回の調査の中で、H社は社の代理人のみの出席であり、一貫して「雇用者ではないので、団体交渉に応じる義務はない」との立場を主張し続けました。調査の中で、大阪市の情報公開によって得られた大阪市健康局とH社の契約内容や業務再委託と称してH社がT社に対して業務委託契約を締結していたなどの事実関係が明らかになるにつれ、業務委託先への丸投げによって不完全な管理体制の下「十分な安全配慮が果たされていない」事実が暴露されるに至りました。
かつ、この間「なかまユニオン」は、H社に対して、6月19日、7月24日、8月 28日計3回にわたって、粘り強い抗議行動を展開しました。また、11月28日のおおさかユニオンネットワークの秋季総行動において連帯する仲間とともに、強く抗議した「行動」がH社に対して労働者の連帯という脅威を与えました。
労働委員会で和解
2023年12月26日、大阪府労働委員会の斡旋で、不当労働行為を巡って争ってきたH社は和解を了承しました。派遣先事業者の義務である「安全配慮義務」を怠りパワハラ事案を発生させても「雇用主でない派遣先事業者は団体交渉に応じる義務はない」として団交拒否の不当労働行為を繰り返してきたH社から和解を引き出した事は闘争の大きな成果です。この事実は、組合が主張してきた「派遣先事業者の安全配慮義務における瑕疵」を認めさせたという事に他なりません。実質的に闘争に勝利したという事ができます。
ここに至るまでは、2023年4月3日に団体交渉を要求してから9か月に近い時間がかかりましたが、その間弛むことなくH社に対して、交渉の席に着く事を粘り強く要求し続けた組合の抗議活動と11月28日のおおさかユニオンネットワーク(西山直洋代表)の秋季総行動において連帯する仲間とともに、強く訴えた「行動」が実を結んだという事ができます。
「賃上げ」や「働き方改革」の果実を手にする事ができる一握りの大企業就労者はさておき、多くの労働者は劣化の一途をたどる労働環境の中で、理不尽な事業主の要求に身を削られながら働き続けざるを得ない状況です。今回の闘争勝利を梃に「理不尽な事とは闘う」姿勢を働く人達に発信し共有していきたいと思います。そのために分断され孤立した労働者の力をユニオンに結集する事が欠かせません。職場で一人悩まずユニオンに集い闘おうではありませんか!