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【第2回やさしい労働法学習会~派遣法について知ろう~初級編】

「学習テーマ:職業安定法の始まりと規制緩和、派遣法と請負業務について」

はじめに

 4月12日(金)19時より《やさしい労働法学習会》を行いました。今回は『派遣・請負』について知るために、前提として《職業安定法の成り立ち》と《直接雇用の例外としての派遣労働》について、一から学びました。講師側も勉強を重ねるごとに、派遣法の複雑さを知り、派遣労働の問題点や在り方を考えさせられました。

〈メッセージ:派遣法は廃止すべきである〉

 まず労働組合という立場に立てば、派遣法は廃止すべきだと主張致しました。後にも記載しますが、職業安定法が未だ健在であり、派遣労働はあくまでその中の例外として、割り込ませるという形で成立しました。職安法第四条定義の中で《労働者供給》という言葉の中に《派遣という言葉》は含まないことにしました。所謂、言葉遊びです。

〈職業安定法は健在である〉

 労働者供給事業は戦後長らく禁止にされてきました。実は今現在も禁止です。一部が例外的に許可されている状態です。戦後GHQは、対日労働政策『労働の民主化』を掲げました。戦前、『労働ボス』により横行していた『労働者供給ビジネス』を禁止にしました。《これが(労働者供給事業の禁止)である》

〈職業安定法の成り立ち〉

1947年から1950年の、3年間という実に短い期間で制定・強化されていきました。各都道府県知事に「労働者は原則直雇用とする」旨が通達され、労働者供給事業の禁止が強化されていきました。

〈派遣法の成り立ち〉

1986年施行が派遣法の始まりとされていますが、1966年【マンパワー・ジャパン㈱設立】の時点で、派遣というものは始まっていた、とする研究者も存在します。

1948 年 2 月:労働組合【労働者供給事業関連法】に反対を表明。

1960年代:派遣・請負が規制緩和され増加していく。

1970年代:職安法政策は後退していきました。請負事業も増加していきました。「1970 年代から 80 年代にかけて ( 訴訟増加 )」

1980 年代《労働者派遣事業問題調査会》が開始されます。※高齢者や女性の雇用を一定数生み出していると評価。

1985 年 3 月 19 日「派遣法」国会提出へ、6 月 11 日:本会議で成立します。

1986 年 7 月 1 日:【派遣法】が施行されました。

〈職業安定法制定→規制強化→労働者供給事業→規制緩和〉

職業安定法成立→労働者供給事業規制強化→規制緩和の流れ→※派遣法制定→当時、派遣可能事業は16業務のみだった→1986年派遣法改正→※派遣可能業務が26業務へと拡大→2004 年製造業務の派遣が解禁される→2000 年紹介予定→自由化業務は 1 年から最長 3 年へと期間延長→派遣が解禁の禁止→26業務は 3 年から期間無制限となった。

〈派遣法・請負:事例研究:適法な状態と違法な状態〉

適法な状態と違法な状態を図で解説しました。良ければ参照してみてください。

派遣法では、同じ派遣先に 3 年を超えて派遣すること、派遣禁止業への労働者派遣すること(港湾運送業務・建設業務・警備業務病院・医療関連業務弁護士など)。社会保険労務士などの士業について、派遣業務とすることを禁止しています。

請負業務では、発注主と労働者の間には雇用関係がありませんから、指揮命令をすることは違法です。何処と何処が雇用関係にあるかで注目してみてください。

〈事例研究2:東リ偽装請負事件とH交通社事件〉

 ここでは実際に、なかまユニオンが関わった事件を参考に、違法な状態について解説しました。【典型的な偽装請負】と【二重派遣の禁止】です。

【東リ偽装請負事件/偽装請負事件】偽装請負とはつまるところ、《違法派遣》の一つです。

L社と労働者には雇用関係がありました。東リ社はただの注文主(形式もL社との契約も請負契約)ですから、労働者に指揮命令してはいけません。しかし実際には、東リ伊丹工場で巾木工程において、東リ社員と共に働き、指揮命令を受けていました。

※なぜ偽装請負が横行するのか※

・注文主 ( 委託側 ) にとって、人件費の削減:労働者派遣契約の回避:福利厚生といった保護をする必要がなくなるため、委託主にはメリットが大きい。

・命令する権利だけ手に入れ、労働者保護は行わないのが偽装請負の本質である。「偽装請負=奴隷制度」と考えても大きく外れてはいないでしょう。

【H交通社事件/二重派遣の禁止】

 コロナ禍において、仕事が大幅に減った旅行会社に対し、大阪府から仕事を斡旋したのが、事件の始まりです。大阪府が斡旋した仕事はコールセンターの仕事でした。H交通社は旅行会社ですから、コールセンター業務が出来る社員が居ません。そこでH交通社は派遣企業と派遣契約を交わし、スタッフをコールセンターへ派遣しました。しかし、スタッフには派遣先企業は『H交通社』と書かれていましたし、本人もそう思っていました。しかし実際はコールセンターへと派遣され(再派遣)そこでパワハラ上司のパワハラにあい、うつ状態になってしましました。団体交渉をしましたが、最初はどの企業が責任を取るかで非常に問題になりました。

※二重派遣の問題点※

・労働条件が守られないことによる不利益・企業の責任が曖昧になる。

・H交通社事件では、再派遣による中抜き、パワハラによる精神疾患の責任所在が曖昧になるという問題が起きた。

〈2015年《安倍政権下》における派遣法大改悪〉

 2009年~2012年、民主党政権下において、派遣労働者保護の観点から法律が一定改定されました。『労働契約申し込みみなし規定』、2009年『年越し派遣村』開始など…

しかし、2015年9月、派遣禁止業務を除く全ての業務で、派遣禁止期間の制限を事実上撤廃することとなったため【内容としては大改悪】でした。

派遣法の問題点

【問題点】

①【職業安定法】との対立【労働者派遣法】

②【企業責任】を分かりにくくする

③《人件費の削減と使用者責任の回避》を目的に企業と政府が打ち出した行政政策である

問題点①【職安法と派遣法との対立】

※派遣法は職安法の例外であり、日本型雇用新卒を採用した企業は、若手社員を雇用し、社内でしっかり育てていました。しかし、派遣社員・請負業者が増え、日本型雇用は衰退していきました。労働者の保護という観点も軽んじられるようになっていきました。

【日本型雇用慣行システム】とは

※戦後の高度経済成長期を支えた雇用システム〈終身雇用〉〈年功賃金〉〈企業別組合〉の

特徴があり、3種の神器と呼ばれています。

問題点②【企業責任】を分かりにくくする

※使用者責任を、派遣事業者と受け入れ企業どちらの事業主が負うべきか不明確になる。

地位の不安定さが故に、事実上、労働者の団結など、権利行使が困難になっている。

問題点③【人件費の削減と使用者責任の回避】を目的に企業と政府が打ち出した行政政策である※職安行政の縮小を企図した政府の政策と一致し規制緩和の動きに乗り出した。これが人材派遣業を増やした直接の原因だった。※初期では、いわゆる《スペシャリスト》に社内で働いてもらい、効率化を図るためと謡っていました。

しかし、不安定な契約と劣悪な就労環境に置かれる労働者が増加しました。

2009 年~ 2012 年:民主党政権下【派遣労働者保護】の法律が一定の改定が成された。

しかし… 2015 年 9 月:安倍政権下において、派遣禁止業務を除く全ての業務で派遣期間の制限を、事実上撤廃することとなり、内容としては失敗でした。

〈派遣先との均等待遇を図る 2つの方式〉

①『派遣先均等・均衡方式』:派遣先の労働者との均等・均衡を図る方式です。

※同一労働・同一賃金を実現する1つの方法※

《派遣先企業が行うべき措置 ( 均等方式 )》

☆比較対象労働者の選定☆

・受け入れる予定の派遣社員が行う業務と同等の業務に従事している「比較対象労働者」を選定します。

☆派遣料の交渉

・派遣先企業は、自社で働く派遣社員の待遇不合理に低くなっていないか、常に配慮する必要があります。

☆福利厚生に関すること

・提供義務のある休憩室:更衣室:給食施設については正規雇用者と同様に派遣社員も利用できるようにしておかなければなりません。

☆教育訓練…派遣社員に対して業務に必要な能力を獲得できるよう、正規雇用者と同様に教育訓練をしなければなりません。

☆情報提供…配慮義務のある物、教育訓練と福利厚生について

※2つ目の方式は次回に扱いたいと思います。

〈終わりに寄せて〉

今回把握しきれなかった部分は、次の学習会で学ぼうと思います。派遣法は規制緩和をやり過ぎたため、何をしているか分かりにくい状態です。引き続き2回、3回と、組合員と共に勉強していきます。

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